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トラブルシューティング最前線:空調が止まったとき最初に確認すべき7項目

2025年5月30日

真夏のオフィスビル、あるいは精密機器が並ぶデータセンターで、突如として空調がその心臓の鼓動を止める。
その瞬間から、単なる「不快」では済まされない時間的、経済的な損失が累積し始める。
従業員の生産性低下、サーバーの熱暴走によるデータ損失リスク、商業施設であれば客足の途絶と売上機会の逸失。
これらはすべて、空調停止という事象が引き起こす具体的な事業リスクに他ならない。

2011年3月、東日本大震災後の計画停電の最中、私が所属していた「緊急安全点検チーム」は都心の超高層ビルにいた。
電力復旧後、ある系統の空調だけが立ち上がらない。
原因は単純な制御系の不具合だったが、特定に半日を要した。
その間、窓の開かない高層階の室温は上昇を続け、テナントの業務再開を大幅に遅らせた。
この経験は、平時におけるトラブルシューティング手順の確立がいかに重要であるかを、骨身に染みて教えてくれた。

本稿では、空調停止という緊急事態に際し、現場担当者が冷静かつ迅速に対応するための初期確認項目を7つに絞り込んで解説する。
これら7項目を〈電源〉〈空気〉〈冷媒〉〈制御〉という四層で俯瞰し、体系的な点検アプローチを提示したい。
設備が発する“黙る声”を聴き取り、最悪の事態を回避するための一助となれば幸いである。

初動:安全確保と電源系統

空調機の沈黙に気づいたとき、まず確認すべきは動力の源泉、すなわち電源系統である。
しかし、焦って盤のスイッチに手を伸ばす前に、必ず「安全確保」という大原則を思い出してほしい。
濡れた床、焦げた臭い、異常な音。
少しでも危険を感じた場合は、直ちに専門業者へ連絡するのが鉄則だ。

項目1:主幹ブレーカー/安全遮断器のトリップ有無

業務用空調機の電源は、一般的な照明やコンセントの分電盤とは別に、専用の動力盤に収められていることが多い。
まずはその盤面を確認し、対象となる空調機のブレーカーがトリップ(遮断)していないかを目視で確認する。

【ブレーカーの主なトリップ原因】

  • 過電流: コンプレッサーやモーターの起動時に定格以上の電流が流れる、あるいは機器の不具合で過大な電流が流れ続けた場合に作動する。
  • 短絡(ショート): 回路内でショートが発生し、瞬間的に大電流が流れた場合に作動する。
  • 漏電: 機器の絶縁劣化などにより電気が本来の回路外へ漏れ出している場合に作動する。火災や感電に直結する最も危険な兆候である。

もしブレーカーが落ちていた場合、その原因が特定できないまま安易に再投入することは絶対に避けるべきだ。
特に漏電ブレーカーが作動している場合は、深刻な故障や火災のリスクを内包している。
一度だけ再投入を試み、それでもトリップするようであれば、即座に専門家による点検が必要と判断しなければならない。

項目2:二次側電圧・相シーケンスの不均衡

ブレーカーに異常が見られない場合、次に疑うべきは電源の「質」である。
特に三相交流で稼働する大型空調機にとって、各相の電圧が不均衡であることは、モーターの効率低下や異常過熱、振動、そして最終的には焼損に至る致命的なダメージの原因となる。

この確認には、テスター(回路計)による専門的な測定が不可欠だ。
空調機端子台の二次側(ブレーカーを通過した後の電源側)で、R-S、S-T、T-Rの各相間の電圧を測定する。
ここで各電圧値に大きなばらつき(不平衡)が見られる場合、空調機本体ではなく、建物の受電設備や電力供給側に問題がある可能性が考えられる。
この段階で異常を検知できれば、空調機そのものを交換するといった無駄なコストと時間を費やす事態を避けられる。

エアフローと機械部品の物理点検

電源系統に異常がないと判断されれば、次は物理的な要素、すなわち「空気の流れ(エアフロー)」と、それを生み出す「機械部品」に焦点を移す。
ここでは、五感を活用した点検が重要となる。

項目3:フィルター閉塞率と静圧差

空調トラブルの中で最も頻繁に発生し、かつ最も見過ごされがちなのが、エアフィルターの目詰まりだ。
フィルターが塵や埃で閉塞すると、空気の流れが妨げられ、以下のような連鎖的な問題を引き起こす。

1. 風量の著しい低下
2. 冷暖房効率の悪化と消費電力の増大
3. 送風機(ファン)への過負荷
4. 熱交換器での熱交換不良による圧力異常

フィルターの状態は、まず目視で確認する。
しかし、より正確に閉塞度合いを把握するためには、フィルターの前後における「静圧差」を測定することが推奨される。
差圧計を用いて測定し、その値がメーカーの推奨する交換基準(最終圧力損失)に近づいている、あるいは超えている場合は、即座に清掃または交換が必要だ。
この静圧差の定期的なモニタリングは、トラブルの予防保全における極めて有効な指標となる。

項目4:送風機ベルト・軸受の異音/摩耗

フィルターを通過した空気を室内に送り出す送風機(ファン)は、空調機における回転部品の心臓部だ。
ここでは「聴覚」が重要な役割を果たす。
普段と違う音が聞こえた場合、それは部品の摩耗や劣化を知らせる危険信号である。

異音の種類推定される原因危険度
キュルキュル、キーキー送風機ベルトの摩耗、スリップ、張り不足
ゴロゴロ、ゴーッ軸受(ベアリング)の摩耗、潤滑油切れ
ガタガタ、ガンガンファンの羽根や軸の破損、異物の接触極高

特に軸受からの異音を放置すると、最終的には焼き付きを起こし、ファンモーター全体の交換という高額な修理に発展する可能性がある。
異音に気づいた段階で、ベルトの張り調整や交換、軸受へのグリスアップといった初期対応を行うことが、被害を最小限に食い止める鍵となる。

冷媒系・熱源ユニットの健全性

電源、エアフローに問題がなければ、いよいよ空調システムの核心である冷媒サイクルへと踏み込む。
このセクションは高度な専門知識を要するため、基本的には専門業者による診断が必要となるが、管理担当者としても基本的な原理を理解しておくことは極めて重要だ。

項目5:高圧・低圧サイドの異常圧力と冷媒漏洩トレース

エアコンは、冷媒と呼ばれるガスが液体と気体の間で状態変化する際に生じる熱(気化熱・凝縮熱)を利用して温度を調整している。
この冷媒サイクルの健全性は、圧力計に表示される「高圧」と「低圧」の数値によって診断できる。

高圧圧力異常(高圧カット): 冷房運転時、室外機の熱交換器の汚れやファンの不具合により、高温高圧になった冷媒ガスを十分に冷却できない場合に発生する。 人間で言えば、熱が体内にこもってオーバーヒートしている状態だ。
低圧圧力異常(低圧カット): 配管の亀裂などから冷媒ガスが漏洩し、システム内のガス量が不足している場合に発生する。 これは、血液不足で心臓が空打ちしているような危険な状態であり、放置すればコンプレッサーの焼損に直結する。

リモコンに圧力異常を示すエラーコードが表示された場合は、これらの深刻なトラブルの兆候である可能性が高い。
冷媒の漏洩は、蛍光剤の注入や電子式リークディテクターといった専門的な手法でしか特定できない。
異常を検知した場合は、速やかに運転を停止し、専門業者による詳細な診断を依頼することが賢明な判断である。

制御系と暫定運用

現代のビル空調は、無数のセンサーとコンピューターによって緻密に制御されている。
物理的な故障が見当たらない場合、最後に探るべきは、この複雑な神経網、すなわち制御系統だ。

項目6:BASアラーム履歴・センサーキャリブレーション

多くの大規模ビルでは、BAS(ビルディングオートメーションシステム)によって空調、照明、防災設備などが統合管理されている。
空調が停止した場合、まずはBASの管理画面でアラーム履歴を確認することが原因究明の近道となる。

アラーム履歴から読み解くべき情報

  • 最初のアラーム: どの機器の、どの異常が最初に記録されたか。
  • アラームの頻度: 特定のアラームが繰り返し発生していないか。
  • 関連するアラーム: 一つの異常が、他の機器の異常を連鎖的に引き起こしていないか。

また、見落とされがちなのがセンサーの経年劣化による「キャリブレーション(校正)のズレ」だ。
温度センサーや圧力センサーが誤った数値を検知し、それに基づいてシステムが誤作動を起こしているケースも少なくない。
アラーム履歴に特定のセンサー異常が頻発している場合は、センサー自体の点検・校正が必要となる。

項目7:負荷分散・バックアップユニット切替の可否

トラブルの原因究明と並行して、事業継続の観点から「暫定運用」の可否を検討することも重要だ。
特に、サーバー室や役員室、重要な会議室など、空調の停止が許されないエリアが存在する場合、BCP(事業継続計画)の一環として以下の対応が可能かを確認する。

  • 負荷分散: 複数の空調機で一つの広いエリアをカバーしている場合、故障したユニットを停止させ、残りの健全なユニットで運転を継続する。
  • バックアップユニットへの切替: 重要なエリアに予め設置されている待機系の空調機に手動で切り替える。

これらの操作は、平時から手順が確立され、担当者が訓練されていなければ、いざという時に機能しない。
トラブルは、こうした運用計画の有効性を試す試金石でもあるのだ。

まとめ

空調停止という不測の事態に直面した際、本稿で提示した7項目を冷静に、そして定められた優先順位で確認することが、迅速な復旧と被害の最小化に繋がる。

【点検7項目の優先順位と対応】

  1. 安全確認と電源系統(項目1, 2): 最優先。感電・火災リスクの有無を判断。
  2. 制御系(項目6): BASのアラーム履歴で全体像を把握。
  3. 物理的要因(項目3, 4): フィルターやファンなど、目視や聴覚で確認可能な箇所から着手。
  4. 冷媒系(項目5): 専門知識が必要。エラーコード確認後、業者へ連絡。
  5. 暫定運用(項目7): 事業継続の観点から並行して検討。

このプロセスを円滑に進めるためには、「誰が、いつ、何を確認したか」を時系列で記録するチェックリストが不可欠だ。
それは単なる作業記録ではない。
トラブル対応における責任の所在を可視化し、組織としての対応能力を向上させるための重要な資産となる。

そして最後に強調したいのは、最良のトラブルシューティングは「トラブルを未然に防ぐこと」であるという事実だ。
定期的なフィルター清掃、消耗部品の計画的な交換といった予防保全への投資は、一見すると単なるコストに見えるかもしれない。
しかし、一度の重大な故障がもたらす事業損失と緊急修理費用を考えれば、その費用対効果は計り知れないほど高い。
まさに、大手設備会社である太平エンジニアリングを率いる後藤悟志氏が掲げる「現場第一主義」の思想は、こうした地道な保守作業の重要性を本質的に捉えていると言えるだろう。
設備は、日々の地道なメンテナンスという対価を支払って初めて、その性能と信頼性を維持してくれるのである。
その責任は、最終的に建物の所有者、そして管理者の双肩にかかっているのだ。

最終更新日 2025年6月10日